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現地リポート

2021年全米オープンと
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現地観戦を通じてみなさまにお届けします。

VOL.03

テニスライター 内田暁コラム

錦織圭 ジョコビッチとの3回戦 3時間32分の激闘に迫る

 7度のラリー交換の後に、バックハンドをネットに掛けた世界1位は、眉間にいぶかしげな皺をきざみ、首をかしげるようなしぐさを見せた。

 続くポイントでジョコビッチは、ダブルフォルトをおかす。

 その2ポイント後には、ベースライン深くに刺さる鋭いリターンへの反応が遅れ、返球はサイドラインをわずかに割った。

 試合開始から、13分——。

 早々にブレークチャンスを得た王者の優勢から一転、第3ゲームでの挑戦者のブレークにより、試合は好ゲームの気配を強く漂わせはじめていた。

 「僕は彼のゲームを良く知っている。(東京)オリンピックで対戦したばかりだし、相手がやることも分かっている」

 今大会3回戦での錦織圭との対戦が決まった時、ジョコビッチは悠揚とそう言った。

オリンピックでの試合後のノバク・ジョコビッチ選手と錦織圭選手

 17勝2敗という10年に渡る対戦成績が、圧倒的な自信の背景にある。同時に、7年前にここニューヨークの準決勝で喫した敗戦は、プライドに残された傷として、錦織への警戒心を常に喚起する役目を果たしてもいる。

 彼のゲームを良く知っている——だからこそ、油断はない。自分がやるべきことも、分かっている。

 それが、錦織とネットを挟み対峙するジョコビッチの胸中だったはずだ。

 そのジョコビッチが、明らかに困惑していた。特に心の揺れが表層化したのが、バックハンドのミスである。クロスの打ち合いからストレートに仕掛けるも、ラインを割る場面が目立つ。それは、最近の錦織戦では久しく見ることのない、ジョコビッチの乱れだった。

7年前の全米オープン準決勝でジョコビッチ選手に勝利した直後の錦織選手

 ジョコビッチの困惑は、戦前に「やりたいことがしっかりできれば、チャンスはあるのかな」と穏やかに口にしていた錦織の、「やりたいこと」が奏功している何よりの証左でもあった。

 「今日はかなり、プレーの内容は変えていこうと思ってやりました」

 後に錦織は、そう明かしている。

 その内容を詳細に語ることはないが、「じっくりラリー戦をしてみよう」「彼のミスも誘いながらプレーしていました」「いつもの自分の速い展開ではなかった」などの言葉に、彼の意図を……さらにはジョコビッチの困惑を読み解くヒントがある。

 ジョコビッチは以前に、自身が錦織に強い理由として、次のように語ったことがあった。

 「圭は早いタイミングでボールを捉え広角に打ち分けてくるので、こちらもそのタイミングに合わせて、調子が上がってくる」

 あるいは今回の対戦前にも、「圭は早いペースの打ち合いが好きだから、時に、それを落とす必要がある」とも言っていた。

 その錦織が、早いタイミングで攻めてこない。ベースライン深く高く弾む球を、あるいはバックのスライスも多用しながら、いつもなら仕掛けてくるだろう場面でもう一本、さらにもう一本と打ち返してくる。

 対戦相手の想定外のプレーの前に、ジョコビッチは、自身もじっくり打ち合うべきか、あるいは攻めるべきか決めあぐねていた。

 そのジョコビッチの迷いを、錦織は見逃さない。

 ブレークバックを許し第1セットの行方はタイブレークにゆだねられるが、その序盤では15回を重ねる長い長い打ち合いの末、ジョコビッチのミスを誘った。4-4の局面では、ジョコビッチの甘いボレーをロブで返し、背走する王者の表情を落胆に染めた。

 「カモン!」の叫び声と共に拳を握りしめ、錦織が第1セットをその手につかみ取った。

 試合後のジョコビッチは、錦織のプレーに「驚かされた」ことを認めている。

 ただ、すべてのグランドスラムとマスターズ1000大会をも制してきた百戦錬磨のジョコビッチには、現状を分析し、あらゆる状況に適応する力がある。

 第2セットのジョコビッチは、錦織のプレーに対応しつつ、なおかつ揺さぶりをかけてきた。

 互いにキープして迎えた、錦織サーブの第3ゲーム。

 鋭角にリターンを返すジョコビッチは、返球をすかさずフォアでストレートに打ち込み、錦織が必死に返した浮き球を迷わずスマッシュで叩き込んだ。

 続くポイントでは、錦織が持ち込んだバックのクロスの打ち合いに、焦らず腰を据えてつきあう。両者高質なショットを8本打ち交わした後、最後にミスをしたのは、錦織の方。

 さらにはブレークポイントでは、ネット際の攻防をジョコビッチが制する。

 まるで、錦織の戦略や意図を理解した上で、自分にはこれだけの手札があるのだと誇示するかのようなジョコビッチのブレーク。このリードを守ったジョコビッチが、第2セットを奪い返した。

 そうして迎えた、第3セット。

 ジョコビッチが先にブレークした時、もはや試合の行方は決したかのように、客席を満たす空気が弛緩する。

 それでも、目の前のポイントに集中する錦織の心には、一部のゆるみもない。

 ゲームカウント4-2で迎えた、ジョコビッチのサービスゲーム。40-0とジョコビッチがリードした場面で、錦織のショットがコードボールとなって決まった。

 不運をも、余裕の表情で受け流すジョコビッチ。

 だが続くポイントで、錦織がフォアの強打をダウンザラインに叩き込み、さらには会心のパッシングショットを叩き込んだ時、ジョコビッチの中で再び迷いが頭をもたげた。

 デュースの場面では、互いにセンターでの打ち合いを繰り返すなか、錦織が先にスライスで変化をつけ、クロスコートのラリー戦に持ち込む。

 相手が先に動くのか、あるいは動かないのか……疑念と決意が交錯するショット交換を15回重ねた後、最後に我慢しきれなくなったのはジョコビッチ。再び、第1セットと似たラリー交換と心模様がコート上に描かれる中、最後も15本のラリーの末に、錦織のスライスを無理に打ったジョコビッチのバックがラインを割る。

 錦織の、2セットぶりのブレーク。それは錦織が、戦前に思い描いた「やりたいこと」のレベルを、一段引き上げた瞬間でもあった。

 このまま錦織が畳みかければ、あるいは、流れが変わったかもしれない試合の分水嶺。

 だが続くゲームで、錦織は攻めてミスを重ね、そしてブレークを許す。結果的にはこの局面が、試合を決しただろうか。第3セットを失った錦織に、巻き返すだけの余力は残っていなかった。

 7-6(4),3-6,3-6,2-6という最終スコアだけを見れば、この試合を、接戦もしくは善戦と呼ぶかは、微妙かもしれない。

 だが、数字には表れぬ価値ある一戦であったことは、試合後の錦織の言葉からも明らかだ。

 今回の対戦で用いた戦略につき、錦織は次のように語る。

 「やりづらさというか、居心地の悪さは若干自分の中ではあって。やっぱり早い展開でどんどん打っていくのが自分のテニスなので、それを変えたところは、我慢が必要というか、ちょっと我慢くらべみたいなところはあって。そこの、こう……耐えるメンタル的なところっていうのは、ずっともやもやはありました」

 攻めたい本能を封じたテニスは、まだ完全に身体と心になじんではいない。

 それでも、「こういう感じの試合展開もできるんだなと、1セット目を戦って感じてました」と、新たな自分を試合の中で発見した。

試合後のインタビューに答える錦織選手

 「次やるときは、怖さが減るかな。最近の戦いで何もできず簡単に負けるのが続いていたので、その克服は、若干できたのかなと思います」

 迷いと手応え、理性と本能、そして悔しさと手応え。

 種々の濃密な感情が交錯する3時間32分の戦いを終え、その後の会見の最後に錦織が口にした言葉——。

 それは、未来への希望だった。

内田暁

内田暁

twitter

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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